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足を組み替える

「さっきからもう駄目だ、どうしようもないってそればっかり。聞き飽きました。聞き飽きて、耳にできたタコが八本脚伸ばして耳管を伝って脳みそに入ってきそうです。別の話をして」

眉をひそめる

「そうですね。ええと、そうだ、玄鶴という言葉をしっていますか?」

「知らないわね」

「鶴は千年、亀は万年と言いますが、鶴ちう生き物は、千年生きると体が青くなるのだそうです」

「面白そうね」

「それで、もっと生きて、うんざりするぐらい生きて、二千年経ったら、今度は黒くなるのだそうで。古今集の注とかに出てきます。それで、玄鶴。芥川に『玄鶴山房』というのがありますが、その、玄鶴」

「確かに黒色の方が強そうだ。ニチアサの戦隊ものなんか見ててもさ……でも私はブルーの方が好きです。残念!それでおしまい?」

もう一度足を組み替えて、今度は右足を上に。腿の辺りに走るタイツの電線をしきりに気にしている

「もう駄目だ」

「え?」

「私はきっと長生きしますよ。自分のことだからわかるのです。90は超すと思うな。都心から電車で25分くらいのところにある6階建てのアパート、築23年、の二階の角部屋を借りて、飼ってる猫の死に目に立ち会って、それでようやく安心して死にます。多分曇りの日の昼間。一人暮らしだし猫も死んだので誰も気づきません。郵便受けから新聞やら宅配ピザのチラシが溢れているのを隣人に怪しまれて、それでようやく。でも元来郵便物をまめに見る方ではないので、もともと溜っている分のおかげで、結構早めに気づいてもらえるかもしれない。やったー。葬式にはそこそこの人が来て、あのひと最後まで迷惑でしたね、なんて憎まれ口叩かれることもありますが、存外嫌な気はしません。そういう人に限って本当に悼んでくれてたりしそうだし」

「いやに寂しい話をするわね」

「そんなことはどうでもいい」

握った拳を机に打ち付ける。痛そう

「…そんなことはどうでもいい。葬式なんざどうでもいい。葬式の総指揮なんざもっとどうでもいい。猫を買ったペットショップの店長にでも頼みます。じゃなくて、それだけ生きたって、私の身体は青色にも、黒色にも、何色にも変わらないし、せいぜい白髪とメラニン色素の沈着?くらいが関の山ですよ、そうでしょう。死ぬ間際に猫とか鶴とかポメラニアンとかに姿を変えることもないでしょう。90年も生きといて、生まれたときと同じ、人間として死んでいく。21年生きたくせに、こんなに何もできなくて、何も知らない私は、せめて死ぬ前に真っ青なポメラニアンになりたい。あーもう駄目だ代わりに発表やっといてくれ誰か」

机に突っ伏す

暫く爪を噛みながら眉間の体操をする。突然腰かけていた本棚から飛び降りて、台所の棚を漁る

「ハーシーズ食べな」

「いい人だ!とんでもなくいい人っぽい」

恥ずかしいのを誤魔化すように、頭につけているうさ耳のポジションをなおす

「いい人ついでに発表代わってくれませんかね」

「いやです」

つづかない