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直近の仕事は自分で自分が気の毒になるほどの散々さで、大人というのはもう本当に勝手だ。自己憐憫と保身の繭で、目の前がどんどん白くもわもわに、視界不良になっていたのだが、目下困らされている会ったこともない、顔も知らない人たちが、自分への悪口を陰で囁きあっていた記録を覗き見てしまい、なんだかかえってせいせいした。そら一瞬はズドンと凹み、コピー機の陰でうずくまったけど。私は私の責任範囲において、できることをできるだけやればいいのだと割り切れた。

不当な目にあっている、と感じる時、私はとにかく冷静にわめき続ける。感情的にならないよう控えめなボリュームを心掛けつつ、「かわいそうじゃなーい?」と言い続ける。はしたないことだと思うけれども、人に優しくしてもらう絶好のチャンスに少しはしゃいでしまうんである。今度もやっぱり周囲の同僚たちにうだうだと愚痴をこぼしていた。そりゃひどいやねーと相槌を打ちながら、ちょっといいお菓子をくれたり、子ども連れてきて遊ばせてくれたり、花見の予定を作ってくれたりと、十分すぎるほど十分ないたわりを受け、わたしは心底満足し、顔をてらてらさせている。

実際にはまだ何っっっっにも解決しておらず、実は明日が正念場。本当に? 自分の心に適わないことをなるべく言ったりやったりしない。まずはそれだけ意識する。

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知恵も知識もなく特別な努力もできない代わりに、できる限りの範囲において真心と誠実さを注ぎ込んだ仕事がほぼ片付き、さびしい。もう少し達成感があるものだと思っていたが、できるまでの間に不測の事態がないか不安だし、もっとできたことが沢山ある気もするし、とにかくさびしい。出来上がる頃にはきっと別の仕事に頭を占められているのだから、なんだか。でもよかった、とにかくひと段落した。

三連休は3日とも、職場の上司の留守に忍び込み猫二匹の世話をした。これまでの、そしてこれからの人生の中でも、かなり上位に食い込むくらいきらめく経験だった。たった数日餌と水を用意し排泄物を処理するだけの私を玄関まで迎えに来たり、伸ばした手に眠たそうに頭を擦り付ける、現金で素直なかわいさに圧倒された。見習えるものではないが、見習いたい。二匹は明らかに性格も好みも違っており、それぞれに相応しい付き合い方があり、こういうことを私は初めて身をもって知った。ソファの下からこちらの様子をうかがいつつ絶対に触られたくなさそうなかれらに心底共感し、自分を省みもした。これまで小さいものに構いすぎて何度も嫌われてきたが、猫たちに教えられやっと自制を覚え始めた。

この時期は人がびゅんびゅん行き交うから、決まったタイミングに間に合わせなきゃいけないことが多く、でも結局間に合わなかったり、その一方新しいことも始まったりして、季節の予感でとにかく疲れる。うかうか寝てられないと思うから益々眠くなる。知らない家の光の中に猫と戯れ、そのまま時間が止まって、誰もいなくならないでほしかった。

2/20

夜中に髪を切る、にしても、裸でハサミを使う、にしても、どこかの国の迷信にあるだろうなと思いながら、風呂上がりに前髪を切った。母の眉間による皺もこの刃先まではもはや届かないのだわと、高野文子を思い出し、やや高揚する。週末、上司が留守にしている家にしのびこみ猫を世話しにいく用事がある。楽しいか楽しくないかを滅多に考えないくらいには毎日楽しい。これはもうずっと、昔からだ。

2/14

世の中のことと目の前の仕事量とで結構滅入っていて、スーパーの中をぐるぐる回り、とりあえず白玉粉買って帰った。21時半から妹と白玉パーティー。BGMはPerfumeのJPN。

一袋でおおよそ30個と書いてあったのに出来たのは20個弱で、なぜかと思って鍋のなかを覗くと白玉とは思えないでかさの団子がぽかぽか浮かんでくる。かわいい! きなことフルーツ缶と合わせて食べた。ちょっと練りすぎたのか粘度が高く、気を抜くと喉に詰まりそうになるので、一つ口に放り込むたびに沈黙。交互に真顔で咀嚼。

2/13

人文知のおこぼれでおまんま食ってる身として何ができるか考えなならん。校了間際の本が多くて仕事で疲れて頭がジンとする。楽しいこととつらいことが交互に来てどういう顔してればいいか分からん。全然たのしくふるまえるし、自ら無知なふりをしてしまうこともある。心がどこにあるか分からん。分からんなりに岡先生と藤原先生の講義を聞きに自転車を走らす。物覚えが悪いから、言葉一つ新しく覚える代わりに、この自転車の一漕ぎで記憶する。ここから座標が少しずれただけのガザから、ホロコーストを思い出すためにぐんと漕ぐ。

1/30

カネコアヤノが「君が例えば 知らないところで 誰にどんな 喋り方をしてるとか」とすでに歌っていて、私も私に向けられた言葉と身振りだけを鵜呑みにして、その外側のことはいっさい勘定に入れないことにしたいのだ。その人が伝えたかった通りに受け取りたい、なるべく。

1/27

仕事が立て込んできてナーバスになっている。休日に仕事のことを思い出すなど滅多にないことで、せっかく日付が変わる前にベッドに入れたのになんとなく緊張で眠りにくい。

今日は以前同じバイト先に通っていた人たちと久しぶりに会った。3つ年下の後輩が人気のおでん屋を前から予約してくれ、一品一品律儀に小鉢に入って出てくる大根や牛すじやトマトを、三人で分けられるようれんげで突き崩してありがたく食べた。運ばれてきたトマトに鰹節が乗っているのを見て「あ、トマトが、鰹節、イノシン酸」と口をついて出た。

話題はあちらの花からこちらの花へとふわふわ漂い、最終的にはやはり結婚の話に落ち着く。一年前に会った時にそういう話を聞いていて、今日になって初めて本当に結婚していたことを知った。「頭で考えられている気がして、だから好きな自分でいられている」とのこと。後輩も数年付き合っているパートナーがいて、結婚を見据えて最終的な就職先も決めたと。どちらの相手の顔も名前も知らない。一番近しいはずの人のことをまったく知ることのないまま、親しげに酒を酌み交わしたりおでんを分け合ったりしている。