6/22

春先からオールナイトニッポンを聞くようになった。夜更かしするのは苦手だからradikoのタイムフリー機能を使って、通学中とか料理している間に流し聞きする。オードリーのANNもこの4月から聞き始めて、毎度エピソードトークが濃いし、掛け合いもかゆいところに手が届く感じで、こりゃ評判が高い訳だと納得しきりだが、最近になってちょっとしんどい。面白いから聞きたいし、聞いたらやっぱり面白いんだけど、どこかでうっすら辛くなる。若林が春日をくさす口調が半分本気なのと、春日がそれをやんわり受け止めながらかわす感じが、なんかすごくディスコミュニケーションで、温度差でかい気がして辛くなる。TV見る時もラジオがよぎる。結局それも面白いから見る。面白いとかよくわからなくて、結局、関係性とか人がらばかり気になってしまう。赤の他人が楽しそうに喋る内輪ネタが好き。マヂカルラブリーのANN0が一番安心する。全員、安心して過ごせる誰かと一緒にいてほしい。

学校帰りにスーパーに寄ったが、食べたかったズッキーニは売っていなくて、代わりにそら豆を買った。部屋に小さい虫が沢山入ってきている。ハーブか何か育てればいいのかしら。

6/19

学校から歩いて帰る途中、道路を挟んで向うの道を見ていたら、似たようなアウトドアファッションの四人が縦に並んで短い横断歩道を渡っていたので、アビーロードのパチモンだ!と思った。それだけである。

コンテンツを消費しまくるだけの命。朝から聞いたラジオ、マヂカルラブリーのann0と草野マサムネのロック大陸漫遊記。聞いたアルバム、エビ中「穴空」「エビクラシー」アジカン「マジックディスク」「ランドマーク」「Wonder Future」。見た展示、ピピロッティ・リスト「あなたの眼はわたしの島」。見たYouTube、マハラージャンのfirst takeとYouTuberの成績開示動画。読んだのは『日本語学研究事典』と新聞。趣味と勉強がごっちゃになっている時点で御察しだが、全部同じ引き出しに入れようとしてるから、一つ新しく入れると一つ前の印象が薄れるような具合で、もう全然だめ。沢山読み聞きできるのも不安だし、数が減っても不安である。全然だめだがやるしかない。

しかし「ランドマーク」は本当にすごい。All light part2~AとZ、初めから一つずつ積みなおして生活のリズムを再構築しようとする試み。大洋航路・バイシクルレース、先の見えない状態でもがきながら前に進むためまずは一かき/一漕ぎを。皮肉に響くそれではまた明日・1980。変えようとしないと変わらない。未来のために全てをベットする、マシンガンと形容詞。レールロード・踵で愛を打ち鳴らせ、いつもあなたに愛を届けたいから出来るだけ精細にイメージ。光が差し込むたびにあなたと二度と会えない事も思い出す。応答がなくても問いかけ続ける。レールロードでも踵で~でもなく、「アネモネの咲く春に」がアルバムの最後に置かれている意味は重いと思う。早く寝たくて走り書きになったのであまり正確ではないかもしれない。気が向いたらもう一度聞きながら書き直す。取り敢えずびっくりした今日のうちに記録しておきたかった。皆とっくに気づいているのかもしれないけどさ。

6/17

全快して随分経つ。大いにサボってしまったので肩をすぼめて勉強に戻らねばならない。今日はバイトしてたら終わった。バイト先の小学生から「おばけ」とよばれて久しい。前に鬼ごっこをしたとき、走って追いかけるのがだるくてキョンシーの形態模写をしたら、案外ウケてしまったのが事の発端である。一時は正当防衛を装った迫害を受けていたこともあったが、今はかなりよい友好関係を築けてきていると思う。私にとってあいつらは、かわいいとかかわいくないとかじゃなく、友人として全員大切にしたいやつらで、だからことさらにかわいがることをしてこなかった。でも今日突然別にいいじゃんって、ここにある愛を示して何がわるいという気分になったから、撫でたい頭をおりゃおりゃ撫でまわしてやった。それはもう見境なく。案の定嫌がられたけど、思っていたほどではなくて、初めからこうしてればよかったんだなと思った。5歳に乞われて公園をおんぶで歩き回っていたら突然「おばけ好きよ」と耳打ちされて、上手だなこいつは、とかわかってんなー、とか思う前に、かわいいやつ!と思えたので、よかった。あいつらも一人ずつの人間で、あいつらのことが好きだというのを「子ども好き」という言葉でまとめたくないと思う。子ども好きだからあいつらを好きなわけじゃない。口がわるくて底抜けに元気でちょっと怖がりでやることなすことメチャクチャなあいつらが好きだ、私は。

 

6/11

結局熱は出つづけた。PCR検査は陰性だったけど、まだ原因はよく分かっていない。月曜に食べたレバニラ定食のから揚げがちょっと赤かったので少々疑っている。ここ数日横たわるだけで何もできていない。水分補給が難しい。

6/9

帰宅途中、アイスを買おうと思ってコンビニに寄ったら、偶然後輩に会った。片足に重心が偏る立ち方で何となくわかった。店の前のベンチに座って30分くらい喋った。アイスを食べつつ近況報告などして、特段盛り上がるわけではない。いつもそう。長く仲良くしてくれたらいいなと思いながら別れた。熱はもう下がった。

6/8

少し微熱があるせいか気分が落ち込む。明日のバイトは多分休むと思う。今日は昼から演習があったけど、私は何も発言できなかった。自己嫌悪から逃れたくてyoutubeを見続ける。

今日は「大豆田とわ子と三人の元夫」の9話があった。来週で終わってしまうのが寂しい。続編は一作目にかなわないらしいから、別の場所ではもう会えないと思う。「カルテット」ですずめちゃんが別府さんとデートに行く夢をみる場面があって、それがすごく好きなんだけど、今回のとわ子と八作にしてもそう、ありえた幸福を想像することは別に不幸なことでも空しくもないと思う。目前の現実は、今ここにいる私にとって唯一の現実で、これからをよくしようと努めることはできても、今ここだけは何というか、天気みたいな現象で、悔やんでみても嘆いてみても、降るときは暫く降っているし、吹く時は暫く吹いている。だから泣き言なんか無駄、とかではなく。それはそれとして、雨は降るし、風も吹く。

今ここにいる私は目前の現実を生きるわけだけど、広い世界にそれしか存在しないと思うのは寂しいことだ。別の場所とか時間には別の私がいて、別の現実を生きていてほしい。できればなるべく気候のいいところで。そいつは今頃、どんな風に生きているかなと想像する。幸福であればあるほどよくて、そのことは私を不幸にはしない。ただ少し、私と彼女とは決して会えないから、そのせいで少し、胸が痛む。

とわ子と八作も、鹿太郎も、慎森も、別の世界では今もまだ夫婦だったり、はたまた出会っていなかったりするだろう。今ここではそういうわけにもいかないけど、それでもやっぱり、一緒に生きている。

「大豆田とわ子と三人の元夫」の時間は円環的で、小さなわっかと大きなわっかで構成されている。たとえばさっきの9話では、冒頭夢に見た薬指の指輪が、最後にコガネムシになってあらわれた。これは小さなわっか。もう少し大きなわっかを探すなら、1話で外れた網戸は8話の小鳥遊がもとに戻したし、ぼろぼろのとわ子を迎え入れた八作は、今度はとわ子に招き入れられる。もっと上から見るのなら、一度距離を置いた夫たちと再び近しくなるのもわっかかもしれない。ただここで、円のはじめと終わりは消して出会わない。上から見れば円形だけど、横から見ると螺旋だったことを知る。同じようでいて、全然違う場面に何度も何度も出会いなおす。それぞれに出会う私もまた、似ているようで違うだろう。別の私やあなただから、違うシーンを演じられるのかもしれない。と思う。それってすごい希望だと思うのだ。あの時間違えたことはどうしようもないけど、また別のシーンで演じなおせるかもしれないから。(蛇足。とわ子は複数人の男たちからひっぱりだこ(無粋この上ないまとめ方だが)なわけで、その割にあんまり乗り気じゃなくて、かと思えば二人きりになるとちょっと優しくなったりして、こんな女の人を嫌味なく演じられるのなんて松たか子以外にいないよ。絶対いない。)

ドラマを見ながらずっと考えてきたことを書きだしてみたけど案外しょうもなかった。まあでも、仕方ない。知恵熱が出て来た感じがする。歯を磨いて寝る。

6/7

気分が落ち込んだので日記を書き始め、1500文字くらい書いているうちにどんどん落ち込んできて、下がるところまで下がったら妙に頭が冴えて来た。ものを書くということにはこういう効果がある。夕方、たったの四連勤(たったの、ではない!)でどうしようもなく疲れてしまって、「肉、咀嚼できる肉」とうわ言を繰り返しながらほうほうの体で中華料理屋に駆け込んだ。600円のレバニラ定食を頼んで、待ちながら店員どうしの中国語会話を聞くともなく聞いている間、誰も私を知らない国に迷い込んだような気持ちがした。レバニラ炒めはほとんどレバもやし炒めと言って過言ではなく、中華鍋の熱さをそのまま伝えるような温度だった。美味しく食べて家に帰り着いたけれど、どうにも気分が晴れなくて、ベッドに寝転がったままシスコーンを袋から掴んでは食い、掴んでは食った。食べることは好きだけど、食べることではなかなか救われない。外の影響を取り込むことだから。どちらかというと作ったり、あるいはこうして食べたものを書きだすほうがいい。随分前にわかったはずのことを何度も忘れては思い出し、体になじませていく作業。