8/12

真藤順状『宝島』を読む。夢枕獏が帯に「小説を書くというのはこういうことなんだ」とコメントを寄せているが、「小説を読むというのはこういうことだったな」と思わされる本だった。昨日読んだばかりのシーン、オンチャンと一緒に星を見上げた夜のことを、はるか遠い過去の出来事として思い出す。登場人物への共感だとかは飛び越えて、無理に肩を引っ掴まれて、揺さぶられるし、同じだけの時間をかれらと同じ場所に生かされる。癒えない沖縄戦の傷、米兵とウチナーの確執、虐げられ理性を失うウチナー達、異常なまでの集団の熱気、描かれるテーマはいずれも重く、怒りと悲しみを呼び起こすが、どこか力の抜けたウチナー達の会話と語りの暖かさ、何より沖縄という場所の懐の深さに救われる。運命に翻弄されるレイ、グスク、ヤマコたちに、遠い場所から最後まで寄り添い続けた語り部の正体を知る時、涙無くして最後のページを閉じることができない(クサイレビューじみてきたな)。ちょっとすごいものを読んでしまった感じがある。

昨日は絶対に休息日にしようと朝から目論んでいたので、高くそびえる積読の山の一角をつき崩すことに成功した。『兄の終い』と『四畳半タイムマシンブルース』、読んだ。後者に関しては舞台がズバリ8月11日-12日で、前日に丸善で購入してデルタのほとりで読んでいることに、何やらヘンテコな御縁を感じる。中2で初めて『ペンギン・ハイウェイ』を読んだはずなので、もりみーとの付き合いも早8年目になる。だてに全著作読んだり(といいたいが、ぐるぐる問答だけ未読)、後追いして同じ大学に入ったり、してないのである。エヘン。羽貫さんの豪胆っぷりが相変わらず素敵であった。

8/5

8/1(土)

夜、友人に呼び出されて川辺で野菜ジュースを飲んだ。鬱々としてプチ家出を企てた彼、夜闇に紛れベンチに一人座っているだけでも十分アヤシイのに、黒いマスクをしているせいで余計にアヤシかった。以前同じような状況で私がすごく酔っぱらって、酔った勢いでかなり余計なことを言った(らしい)(あまり覚えていない)のを掘り返された。それから何かずっと引っ掛かりがあるらしく、「どういう気持ちで呼ばれてくれるのか」と聞かれ、一考して、「暇だからなあ」と答えた。彼すごく微妙な顔をしていたが。どうせ酔っているのだろうと思って買っていったミネラルウォーターは出番がなかった。

 

8/2(日)

朝五時半に起きて六時過ぎに家を出た。七時半には子どもと一緒に大文字山のふもとにいて、九時には左京区を一望していたと思う。早起きすればこんな芸当も可能なのである。大文字には初めて登ったが、予想外の険路で大いに汗をかいた。朝食を調達する予定だったパン屋が閉まっていて、責任者のおっちゃんが「ごはんはおりてからにしよ!」と気軽に言うので驚いたのだが、案の定空腹のために少しきつそうな子どもがいて、申し訳なく思った。他の子から貰ったお菓子を食べてよくなったらしい。崖にささったパイプから冷たい水が流れ出ていて、例のおっちゃんが「これは飲んでよし!」と宣言しガブガブ飲みはじめるのでこれまた驚く。一人が持ってきた手ぬぐいに水を含ませて、私の腕の上で絞ってくれたのが、大変気持ちよかった。下りはすいすい下りられた。一昨日一緒に映画を見た同僚とは相変わらずの距離感だった。もののけ姫の大ファンの高校生が一人いて、下山中ずっと、その子と同僚とで台詞暗唱大会をしていたので、一緒に見に行ったことだけは夢でも幻でもなかったらしいと知る。昼前には家に帰り着いて、シャワーを浴びてからカップヌードルと爽のバニラを食べた。恍惚としてそのまま寝た。卒論何も進まず。

 

8/3(月)

朝起きてすぐ、先生に面談希望のメールを送った。ぼーっとしているうちに送ってしまわないとまた躊躇してしまいそうだったので、正気を取り戻す前に送信した。図書館でひとしきり慌てたらどうにかなるような気がしてきたため、四時前に家に戻る。夜は寿木けいさんのカレーを作って、妹にも食わせた。

 

8/4(火)

十時過ぎには図書館。論文をコピーするために席を外したら、いつの間にか人が増えて座る場所がなくなっていたので、三時過ぎには帰路につく。銀行でアドビへの年貢を振り込んだ後、古本屋で『草枕』を購入。ついでに酒井英行氏の著書を見つけてしまい、要りそうにはなかったが無視できず購入した。

帰宅後、草枕を少し読み進めるがうたた寝。夜も勉強しようと思ったが、エビ中11周年記念配信を控えていたので集中できず。配信は大変よかった。最近、メンバー1人1人をフィーチャーした企画が週替わりで行われていて、毎日12時きっかりに2分ずつ配信される動画を給水所がわりにして生命維持に努めているが、やはりメンバー全員集まって戯れているのを見るのが一番楽しいし、嬉しい。小林歌穂さん推しは変わらずだが、最近星名美怜さんから目が離せない。インスタグラムの自撮り投稿やステージ上の煽りだけを見ていると「スキのない完璧なアイドル」という感じがするが、FCサイトには脱力した美怜ちゃんのふざけた動画が沢山あるので、助かる(助かる?)。寝る前に少しだけ相続とか葬式のことを調べた。

 

8/5(水)

七時四十分の新幹線に乗って帰省。せっかく明るいうちの新幹線なのに、眠くてずっとうつらうつらしていた。betcover!!の「中学生」というアルバムを流していたが、かなりいい。損得勘定抜きにして、「今どうしてもつくらないといけなかったので、つくりました」という感じがはしばしから伝わってくるアルバムだった。もう少し聞き込みたい。

今日は母方の祖母の90の誕生日だったので、家に帰ってまず祝辞を述べる。彼女相変わらず嫌そうで、「あたしは66から年取っていないから」とのたまっていた。動きがだいぶ緩慢になって、暫く美容室に行けていない髪の毛も薄いところが目立つようになったが、頭と口と料理の手に関してはまだまだ達者らしくて、安心した。こういうことを書いたと知れたら大目玉を食らうと思う。

夕方、叔父夫婦が大きなホールケーキを携えて来訪した。いつもこういう時は黙っているようにしていたけど、今日は結構頑張って喋った。正直昨晩の調べものの影響が大きいが(つまりいざという時の為に、親族は味方につけておいた方がいい、何かと)、話しかけられるのを待って、いざ何か言われても曖昧に微笑みかえすだけ、みたいな以前のコミュニケーションより、自分から喋る方がずっと楽しかった。この家の中で、自分から何かをよくしようと試みたことが今までほとんどなくて、なるべく何も感じないよう適当に受け流してきたけれど、何というか、こういう風にも振舞えるのだと、夕飯のお吸い物を丹塗りの椀に注ぎながら、考えていた。

7/31

ボランティア先の同僚と映画を見に行った。一年と半年の間、週に一度は必ず会っている同学年のその人とは、お互いにまだ敬語が外れない。今日の帰り道、よほど「タメ口にしましょうよ」と言いそうになったが、これはこれで面白い気もするから、もう暫く放っておこうと思う。

昨日子どもも交えてジブリの話をしている時に、私もその人もちょっと行きたいと思っていることがわかって、仕事が終わった帰り道、歩いている私を追い越した自転車が戻ってきて、「行きませんか」と誘ってもらった。安請け合いをした後で、私的な話をほとんどしたことがないことを思い出して、「なんでこんなことになったのか」と昨晩から頭を抱えどおしだった。待ち合わせ場所には12分前について、落ち着かなくて周辺をうろちょろした。途中駅の裏手のベンチにそれらしき人の背中を見つけたけど、気づかないふりでUターンした。私より先に着いているのが意外だった。

JR二条駅をちゃんと見たのは今日が初めてだったかもしれない。ゆるくカーブを描いた屋根が、亀の甲羅みたいで愛らしい。むき出しになった木の梁も、甲羅の下すり抜けていく電車もすごく格好良くて、パシャパシャ写真を撮って、見上げているところに同僚がやってきた。

今日の目的はもののけ姫で、中学時代に金ローをチラ見した以来だったので、全編新鮮な気持ちで見ることができた。たかだか小学生か中学生の自分に簡単に理解できるような内容ではなくて、ほとんど覚えていないのも当然だろうと思われた。今だって理解できたかどうかわからない。木霊のおしりは意外と肉付きが良くて可愛かったことだけは断言できる。

うどんを食いながら映画の感想を言い合って、いつのまにか進路の話になって、それから向こうの野望の話になって、気づいたら1時間半経っていた。あんなに饒舌な人だとは思わなかった。それから電車を乗り継いで帰ったが、何やらずっと笑っていた気がする。ほとんど笑わせてもらっていたのである。

大したことを話せたわけではないのに、何だか非常に満足して帰った。新しく友達になってみたい人が久々にあらわれた。映画のチケットを買ったその場で無くしたり、スタッフさんに拾ってもらって機嫌をよくしてホットドッグを買ったり、そのせいで帰りの電車賃が危うくなって、そのくせへいちゃらでいるような人だ。大変いい奴だとふんでいる。

 

 

 

7/30

一度文学史的意義をはずして考えた方が何らかの進歩が期待できそうだが、そこをはずしちゃいかんだろうという思いもあり、どうにも動けない。

あれだけ百閒を推賞していた犀星が「相剋記」の評で「べた書き」とか「小説家としての努力がない」とか、果てには「彼こそ小説を書くべき人物だと思っていたが見誤っていたようである」とか言っていて(意訳)、私が一番悲しくなった。そのくせ「東京日記」になると急にまた褒め出す。それなら最初からそんな風に言わないでよと思う。今の雑誌や新聞にみられるブックレビューはどれもこれも褒め言葉だけど、昭和期の文芸時評は意地悪言ってなんぼみたいなところがある気がする。意地悪言えるような大家とか批評家がいなくなったというより、社会の流れなんだろうと思う。

にしても時評に名前の登場することが少ない人で、多分ほとんどの作品が「中間読み物」として見過ごされてきたためだろうと思う(これはじっさい雑誌を見てみないといけない)。文学史上に位置付けられないなら、研究対象として不足だろうか。そんなはずはないんだけど、まだうまく説明ができないので、一番の課題はそこだろうと思う。

南山壽・蜻蛉眠るの方向で私小説と関連づけるか、小品・写生文・漱石といったキーワードで冥途を見直すか、というところになりそうだがいまだに定まらなくて不安である。今一番気になるのは、鶴の二声にも名前の出ていた旅順入場式。あの人の頭の中にあった旅順とは何だったのか。いずれにせよ荷重に感じるが、卒論だもんな。卒論か。

 

 

7/28

この前の「シャムゴッド・トーク・ドリル」でシバッチャンが言っていたのが、文章を書いているといつの間にか短くまとめようとしてしまうのは、歌の長さに慣れてしまっているからかしらん、ということで、そういうことは往々にしてあると思った。私たちは自分で思っている以上に完成されていなくて、身につけた手癖のメソッドに簡単に思考をのっとられる(シバッチャンのは、手癖なんかじゃない)。目についたものについて思考をめぐらしているつもりでも、眉間のあたりで考えているだけで、頭にはなにも残っていない、というようなことが最近多くて、多分twitterの見過ぎだと思う。書く方にしてもそうだ。メリットも大きいのでなかなか切り捨てられずにいるが。如何せん情報量が多すぎるのと、用いられる語彙や言い回しが偏っている(あるいは説明されずに使われる言葉があまりに多い)のとで、考える営みに結構よくない影響が出ている気がする。恐い。

上記とはあまり関係ないが、先回りしてウンウン唸って考えるより、先に直観で選んだものを馴染ませたり、捨て去ったりする方が性に合っているかもしれない、と最近思う。こういう文章もまた眉間で考えながらつくっているし、書こうと思えばもっと書けるはずだけど、疲れてしまって書く気になれない。

 

7/27

通信教育の最終課題を出し終えて、ほっと一息ついている。正確に思い出したくないくらいには提出期限を過ぎていて、褒められたことではないのだけれど。できたことはいちいち大きな声で言っていこうと思う。