2/13

人文知のおこぼれでおまんま食ってる身として何ができるか考えなならん。校了間際の本が多くて仕事で疲れて頭がジンとする。楽しいこととつらいことが交互に来てどういう顔してればいいか分からん。全然たのしくふるまえるし、自ら無知なふりをしてしまうこともある。心がどこにあるか分からん。分からんなりに岡先生と藤原先生の講義を聞きに自転車を走らす。物覚えが悪いから、言葉一つ新しく覚える代わりに、この自転車の一漕ぎで記憶する。ここから座標が少しずれただけのガザから、ホロコーストを思い出すためにぐんと漕ぐ。

1/30

カネコアヤノが「君が例えば 知らないところで 誰にどんな 喋り方をしてるとか」とすでに歌っていて、私も私に向けられた言葉と身振りだけを鵜呑みにして、その外側のことはいっさい勘定に入れないことにしたいのだ。その人が伝えたかった通りに受け取りたい、なるべく。

1/27

仕事が立て込んできてナーバスになっている。休日に仕事のことを思い出すなど滅多にないことで、せっかく日付が変わる前にベッドに入れたのになんとなく緊張で眠りにくい。

今日は以前同じバイト先に通っていた人たちと久しぶりに会った。3つ年下の後輩が人気のおでん屋を前から予約してくれ、一品一品律儀に小鉢に入って出てくる大根や牛すじやトマトを、三人で分けられるようれんげで突き崩してありがたく食べた。運ばれてきたトマトに鰹節が乗っているのを見て「あ、トマトが、鰹節、イノシン酸」と口をついて出た。

話題はあちらの花からこちらの花へとふわふわ漂い、最終的にはやはり結婚の話に落ち着く。一年前に会った時にそういう話を聞いていて、今日になって初めて本当に結婚していたことを知った。「頭で考えられている気がして、だから好きな自分でいられている」とのこと。後輩も数年付き合っているパートナーがいて、結婚を見据えて最終的な就職先も決めたと。どちらの相手の顔も名前も知らない。一番近しいはずの人のことをまったく知ることのないまま、親しげに酒を酌み交わしたりおでんを分け合ったりしている。

1/22

くさくさした気持ちで退社してそのままサイゼリヤに吸い込まれ、パルマ風生ハムと青豆の温サラダとライスと玉ねぎのズッパと白のグラスワインを一度に頼んで豪勢にやった。足りなくなって250mlのデカンタを追加注文したが、あれが200円だったことに今更怖くなっている。十二分に酔っ払って、『高慢と偏見』を読み進めていたのだが、ミスタ・コリンズのエリザベスに対するプロポーズの場面で、断られても断られても「それはあくまで慣習に則ってるのですね」とか言って全然話が通じないのが怖すぎて、ヒエー!と声が出たのでその勢いで帰った。今のところ、ダーシーよりウィリアムの方が胡散臭くて怪しいと思う。あと、メアリにやや肩入れしている。

1/21

昨日は映画版「カラオケ行こ!」をみた後にベトナム料理を食べて、それからほんとにカラオケに行き、解散は結局明け方になった。そういう朝にザーザー雨が降っていたり、薄暗い商店街を通って帰るのがなんとなくちぐはぐで、まどろみながらも映画じゃない現実の手触りがした。現実にこんなふうに親切にしてくれる友人たちがいるのだと思った。

友達と心ゆくまで遊んだ日の翌日は、前日のことを咀嚼したいのと、あとは単に体力面の問題で、できるだけ一人で過ごしたいが、今日はちょうどそういう日になった。目が覚めたら14時前で、15時に開く銭湯に行こうと決めたはいいものの、全身に疲労が残ってそのまましばらく動けず。先週見逃した大河を見ながらトーストを食い、ほとんど寝起きの格好のままどうにか家を出る。湿度が高いせいか随分暖かくマフラーもいらなかった。着いてみたら平日の夜の2倍くらい自転車が停まっていて、日曜の一番湯が盛況であることを知った。

夜には運動部らしい大学生もちらほらいるが今日は見かけず、揃いのサウナハットとサウナ着の二人連れのご婦人がいたりした。湯船に浸かって見上げると天窓から光が入ってそりゃ当然明るい。実家でも休日の昼に風呂場に入ると、そんなに掃除も行き届いてないその場所が、世界で一番清潔みたいだった。公衆浴場に安心して入れない人がいることを知って以来、自分がどうしてここで普通に裸でいていいのかわからないという思いもあり、しかしこうやって来てみると気持ちの良いことこの上なく、来たりやめたりを繰り返す。

急いで髪を乾かして図書館に向かい、本を返して本を借りた。会社の同僚らしい人を見かけたが、閉館間際だったこともあり私の身なりもひどかったから、声はかけなかった。出た後もまた別の知り合いを道の向こうに見かけた。家のある方から、自転車に乗らず歩いてきたから、これから誰かと一緒に歩いたりするのかなと思った。私がみていないところでも、知人たちは当たり前にここらをうろちょろして生活を営んでいる。そこに私が一切介入していないということが、うまく説明できないが、嬉しいと思った。

近所の定食屋で飯を食い、喫茶店を覗くと満員だったから別の喫茶店に行き、退店してもう一度戻ってみたら今度は席があった。コーヒーと紅茶をそれぞれ一杯ずつ飲んだので、今日うまく寝られるかわからない。読んだのは図書館で借りた『高慢と偏見』と『アンダイング』。前者は今日返した『自分一人の部屋』の関連で。オースティン20歳時点の作だというからビビる。Wikipediaをみると父が出版打診の申し込みをしたとあるので家族は協力的だったかもしれないが、好きな時間に執筆してそれだけに集中できるような環境ではなかったことだろう。もう今はいない女たちがどういう生活を送って、どういう喜びと苦労があって、今私の目の前にある痕跡を残したのか、もっと知りたい。後者は今の仕事に関する本が何か読みたいと思って当てずっぽうで借りたものだが、あーー、すごく、これは…。仕事で安易に提案したことを省みて不安になり凹みもし、帰りにカップヌードルmini買って安易な塩分と脂質に頼った。色々飛躍して、里山社の本ぜんぶ読もうと思った。会って話してみたい人ができた。このままでは会えない。がんばりたい。

12/18

父方の祖父が一月末に亡くなり、祖母は八月の頭に亡くなった。どちらの時にも律儀に私と母と妹、三人雁首揃えて葬式に出向き、粛々と参列し、夜には喪服をホテルに脱ぎ捨てて旨いものを食べた。この時のことを今年のうちに、なるべく詳細に書き残しておかないといけない気がしている。あれから全身の水分が抜けきって、人間性を少し失った代わりに、概ねとてもせいせいした気分で過ごしている。これがいいことなのかわからない。

12/17

冷凍していた御座候を温めて牛乳と一緒に食べたけど何となく物足りない。茄子と豚肉を味噌で炒めて食べて、それでも口さみしくて棒付きアイスまで、朝からちぐはぐな食事をとる。それから二時間くらいだらだらと過ごしたが、何とか荷物をまとめて家を出、隣の隣の喫茶店へ。さっきあれだけ食べたというのに、ここでもイタリアンスパゲッティとコーヒーのセットを。スパゲッティを食べている間はソースが飛ぶから本が読めず、スプーンとフォークで両手も埋まるし、強制的に目の前の空気を見つめて考え事する羽目になり、それがいいと思う。食後コーヒーを飲みながら本を読み、隣の席に二人連れが座ってしばらくしてから席を立った。前に人と一緒に来たときも同じ窓際の席で、その際スパゲッティを食べていたのは相手の方だった、と思い出す。最近ラジオをよく聴いていて、というような話を一生懸命したのだった。

大学図書館へ。学生の頃からずっと同じ窓際の席を選んでしまう。途中何度も気を散らしながら『病いの語り』を2章途中まで読み進めた。失った身体機能や身体の一部について語り、折り合いをつけるまでの過程は喪の作業だ、というようなことが書いてあり、うなずく。

帰り道で急にシュトーレンが食べたくなり、ケーキ屋を覗いたが売っていない。店を出ようとしたところで背の高い男性客が入ってきて、片言の日本語で「ただいま!」と店員さんに片手を上げて合図していたが、なにか違う店と勘違いしているのか。別の少し洒落たパン屋にはありそうな気がするので明日にでも行く。コーヒー屋とスーパーに寄ってその他の買い物は無事遂行した。

帰宅後晩飯。手羽元とキャベツの千切りを出来合いの寄せ鍋つゆにつっこみ念入りに煮た。十分うまい。その後やっとパソコンを開いて、着手できなかったことに着手した。友達が電話口で話してくれ、気を散らしてくれたからわりに捗った。少し前までやや俯きがちだったが、先週、今度離職する会社の先輩と酒をまあ飲みに飲み、平日だというのにその人の家で寝落ちて、翌朝慌てて帰宅し何とか出社だけはしたものの、午前中のうちに二度ほどトイレで嘔吐し、昼間は裏手の公園のベンチで横たわって空を見た。先輩の家でも寝ぼけて粗相をしたのではないかと怯え、とりあえず先手を打って謝りのLINEを入れた後、10時間くらいスマホが見られなかった。あんまりでっかくやらかしたもので、日々の細やかな不安なんかもう全部吹っ飛んだ。今私の目の前には何もない荒野が広がり、ただ一枚細い板切れが地面に刺さっていて、そこには震える毛筆で「日本酒と赤ワインをちゃんぽんするな」と書いてある。