5/20

この一週間は夜遅い日が続いて、書き付ける気も起こさなかったが、できるだけ細かく思い出しながら特記すべきことを記録する。

 

5/12(日)

昼頃起きて附属図書館に行く。演習での発表準備を進めようと試みたがまるでだめ。夜は部活終わりの妹と大学近くでカレーを食べる。お互いに話を聞かないし相槌は下手だしで全然かみ合わない。これまでずっとこうだったから10年20年経ってもきっとこうである。カレー屋で流れているインド映画のビデオが楽しそうで気に入った点だけ一致した。

5/13(月)

中高生の学童保育活動のお手伝いをしていて、そこの大学生スタッフで交流会があるというので参加した。台所付きのアパートの一室がフリースペースとして貸し出されていて、そこで餃子を作って焼いて食った。半分くらいは知っている人、もう半分は話したことのない、女子大学の学生だった。知らない人とおしゃべりするのは好きだけど恥ずかしい。そのあたりに転がっている備え付けのおもちゃをかき鳴らして気まずいのをごまかしていたら気づいてもらえてありがたかった。その後一緒に餃子を包みながら普段の大学生活の事とか、何となくおしゃべりした。人間関係を構築するにあたり、最初から相手と仲良くなることを目的にコミュニケーションをとるのは難しいことで、取り組むべき課題を共同で解決する過程で、事務的なやり取りから始めて、段々自然に喋れるようになる、というのが一番気まずくない導入であるなあと実感する。それでも恥ずかしかったので私はずっとマラカスを持っていた。「K区一のマラカスつかいとうたわれたこともありまして」とかなんとか嘘をついたら相手は変な顔をした。恥ずかしいので酒を飲んだらますますマラカスが手放せなくなった。終了後、2次会がありそうだったが恥ずかしくてスキップで逃げた。久々に酒を飲めたのはよかった。

5/14(火)

忘れた。授業には出ていたと思う。火曜日は1限から5限までみっちりだから、1日授業に出ただけで達成感を得られてお買い得である。火曜日はなんかちょっと嬉しい、とは本当であった。5限の日本哲学史でリアクションペーパーの提出を求められ、これまで授業をぼんやりとしか聞いていなかったので困った。純粋経験の話題だけ真面目に聞いていた、というか思うところが多かったので、A4レジュメの三分の一位の説明を膨らませてごまかした。ごまかせてはいなかったと思う。長距離走の最後の方は自分とそのほかの区別とか走っている意味とかが曖昧になるけれど、ああいうことを言うんだろうか、と書いた。ランナーズ・ハイってどんなだろうって『風が強く吹いている』を読んでから何となく興味がある。もう長距離走は自分には走れないと思う。

5/15(水)

朝の9時からバイト。この頃社員の方とお話しする機会がないので寂しく思う。午後から授業に出て、その後例の学童保育手伝いに向かう。いつもより人が多かった。私の担当として、通常中高生しか教えないが、階下で他のスタッフが対応している小学生の男の子が宿題をやりたいといってのぼってきたので、肘をつきながら様子を見ていた。割り算の筆算をやっていたが、60÷2の筆算を、6÷2=3、0÷2=0、と二段階に分けて書かなければいけなくてこりゃあまるで手の運動じゃないか、と思った。「めんどくさい」と彼が言う。「0が多いね」と相槌を打ったら「このページだけで35も0を書いた」と達成感交じりの声で教えてくれた。数を数えるのはいいことだよ、と言いそうになったが、なんでいいことなのかうまく説明する自信がなかったので止めた。スタッフから月曜日の事を揶揄された。「一番楽しんでましたね」と言われてなんと、と驚いた。そんな風に見えていたか。心根としては慎み深い深窓の令嬢と同じなはずだが、どうも伝わっていない。納得いかないが「ハン」と笑ってやり過ごした。

5/16(木)

高校の友人に会った。東京の美術学校に通っていて、その日は展覧会を見にはるばるやってきたという。京都にいるもう一人の同級生とも合流してケーキなぞ食らった。この頃私は学芸員資格の取得過程にある関係で、意識的に美術館博物館の類にはいくようにしているのだが、そこで考えたこととかを彼女と交換できたのでよかった。メディアアートの保存について考えているんだという。私も書籍の保存とか、現代人の書付の蓄積の事とかをこの頃よく考えるので何だか響いてしまった。それよりなにより彼女らに会うのは久しぶりだったので単純にうれしかった。午前中のバイトの時間、急に死んだ友達のことが思い出されて、二度と会えないって、本当に、二度と会えないってことなのだなあ、と、バカみたいに再確認して原稿読みながら泣いていた。私はつくづく、人の訪れに恵まれている。たくさんの訪問者を、もっと手厚くもてなせたら、彼ら彼女らはまた私の下を訪れてくれるに違いないなあと思う。

5/17(金)

午前中、前日に会った友人が見に行った展覧会を私も見に行った。朝起きることが出来なくて、午後の授業が始まるまでの限られた時間ではあったが、色々と思うところがあった。こういうのは言語化しなければいけない、いけないぞと思いつつ今書こうとするとなかなか。しかしやってみる。植物園の中に、植わっている植物やそれらのある景色を利用したインスタレーションが点在していて、それらをガイドに引き連れられてめぐっていくという形式のものだった。そもそも植物園は人によって作り出された自然の姿である、と言えばうまくまとまっているようだが、実際はそんなに単純ではない。植わっている植物全てを人の手で管理することなどできるはずもないからあちこち新しい芽が出たり風雨で枯れたり折れたりしている。それらはとても自然らしい営みである。人工と自然が対立せずに混ざり合う中に、さらにもう一つ、人の手からなるものが配置されるわけだが、それらもまた風雨にさらされて変色したり、自分の重みに耐えられなくてオブジェが変形したり、自然の様な振る舞いを見せることがある。生きられた庭。色々な概念を問い直すような展示だった。また、ガイドツアーという形式は展示側が見せたいものと観覧者の自由意思とをすり合わせるための一つの答えだな、と知った。展覧会で行われる、学芸員による解説とか、ガイドツアーにはこれまで参加したことがなかったから。ガイドさんは麦藁帽にタンクトップ、トランクスみたいな短いズボンで、「あついですねー」といって日に焼けた顔をほころばせる、感じのいい人で、言うべきこと、言わなくてもいいことを、よく考えて心得ている人だなと思った。園の歴史とか植物についても解説があり、非常にためになった。時々知り合いに行き会ってはなれなれしい感じで相手の体に触れる様子が非常に眩しくて、いいなあ、と思った。夜から東京に向かって発つ。

5/18(土)

思いがけず、知らぬ間に失恋していたことを知る。そうかあ、と思って案外すんなり受け入れた。黒糖梅酒とかいうのが美味しかったのでまた飲みたい。

5/19(日)

日光東照宮を訪れる。前日まで例大祭で混雑しきっていた反動からか、その日は案外少なかった、いや、十分多かったのだけれど。陽明門を始めとして、兎に角豪華絢爛、組み物から垂木から梁から何から何まで曹植の限りが尽くされていて、眼が少々ちかちかするほどだった。私はひたすら「家康、ようやるわー」と思って色々な動物の彫り物を眺めた。眠り猫も確かにかわいかったけれど、そればかり取り沙汰するのもよく分からん、今も昔も猫が好きだな、日本人、と思った。有名な見ざる聞かざる言わざる、見られて嬉しかったが、神馬の厩の全体は古ぼけているのにサルたちだけピカピカで、ナンダカナア、と思わなくはなかった。階段が多くて少し疲れた。夜は京都に戻る道中の車内で、なぜか友人に自分の生い立ちを話すことになった。喋ってみると特段事件もなくのほほんと育ってこれたんだなあ、と思う。こういう話は話す相手によっても、思い出される内容が違ってきて、面白いだろうと思う。

 

色々あって少々疲れた。今週は少し本を読みたい。

今日は小雨がちなのではっぴいえんどがよく似合う。晴れた日には聞けない気がする。