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気づけば社会人になっていて、気づけば年を越していた。あとものの数か月で入社して一年が経つ。はじめの方は甲斐甲斐しく、植木に水をやったり掃除に精を出したり雑談の内容に頭を悩ませたりと忙しかったが、この頃は無我の境地である。楽しい、とも辛い、とも思わない。上司との相性は相変わらずよくはない。彼が「そんなのわかってますよ」みたいな口ぶりをするたびにムカっ腹立てている。が、それでもそれなりに続いていく予感がある。この数年、アルバイトとして彼の下で働いてきたが、相性がよくないということに全く気がつかなかった。ということは、少しは関係性が進展しているともいえるのではないか? 少なくとも今年は、四の五の言わずに働くつもり。

今度の年末年始は本当に素晴らしくて、好ましく思っている人間と交換日記の約束をしたり、友人と二日連続でハロプロのライブビューイングに行ったり、抱樸の年始の炊き出しに参加したりした。連日晴れ続きのあかるい正月で、思い出したら泣きそうになるほど輝いていた。「~したり」でつなげてしまうには一つ一つがあまりに愛おしく、あまりに尊く、なかなか文章にできない。唯一つ言えるのは、とにかく毎日酒を飲んだ。ワンカップ大関は甘くて危ない。

今日は知人の誘いで読書会に参加した。読書会という触れ込みで参加したら、結局花札と麻雀を覚えて終わった。みんな「ごめんなさいねえ」と言いながら懇切丁寧にルールを教えて来るので、私もそれらをやるほかなかった。暗くなってからみんなで焼き肉に行った。あまりに楽しい休日だった。

楽しい一日ではあったが、行く途中のバスのなかで、乗客がふっと気を失う場面に出会った。運転手さんが「救急車を呼ぶので、すみませんが皆さん降りてください」とアナウンスするまで、私はそのひとの側で立ち尽くしていた。救急救命研修には複数回であっているはずが、何をすればいいか、全くわからなかった。倒れたその人を同行者が座席に座らせようとしていたので、私も手伝った。座らせ終わったら、同行者に「有難うございます」と言われ、私は「何もできずすみません」と言って下りた。

その後電車に乗ってから、椅子に座らせるよりも回復体位をとらせた方がよかったのではないか、その場に残って同行者のケアをした方がよかったのではないか、なぜ咄嗟に何もできなかったのかと自分をすごく責めた。情けなさでいっぱいだった。倒れたひとには意識があり、少なくとも心停止ではなく、てんかんなどの症状も見られなかったように思う。きっと無事で、できるだけ軽傷であることを願うばかりだが、それにしても私はなんと無力な事かと思った。人の生き死にの場面(かもしれない)を前にして、呆然とするばかりだった。救急車は結構すぐに来たのでよかったけれど。

そんなことがあったので、到底人と会う気分ではなかったが、会ったら会ったで楽しくて、それもすごく情けない。まあでも、その場で話題に出さなかったのは、偉かったと思う。