2/7

解決しようとか、あるいは回復しようだとか、何か今そういうのじゃない。一日中ベッドから起き上がれなくて、大根を煮ている間だけ台所に立てたけど、その後ズルズルとアイドルのMVを見続けていたら夜になった。最低、よくならなくちゃと思う一方で、どうして最低だなんて言える、と腹の底から低い声。自分の状態に良し悪しの評価を下して、悪い時には浮上するための幾つかの決められたメソッド、機械じゃあるまいし、原因がはっきりしているわけでもないのだから、身体のことをそんな風に解決しようとするのは何か、自然の摂理に反してる気がする。こんな風に言えるのは、今私が直近のタスクを持っていなくて、一日二日ぼうっとしていても誰に迷惑をかけるわけでもないからだ。だけどさっき母親から電話が来て、落ち込んでいることを伝えたところあれこれと要因を探ろうとしてきて、あーそうじゃない、そういうんじゃないのだと力なく答え、早々に切った。悪いなと思ってる。

原因じゃないけどきっかけはあって、昨日久々に会った友達とからふね屋でご飯を食べているとき、「もともとそこまで仲良くないからね」って言われて、ハチャメチャにへこんでしまったのだった。友達じゃないと言われた訳ではもちろんなく、ただその子にとって私は元いたサークルで同期だったやつに過ぎなかったことを知らされて、私の方は彼女がすごく好きだから、みくりが言ってたこととか思い出して、一日遅れて今朝へこんだ。面と向かって距離を示されたことは今までにも何回かあったけど、多くは私にもそれと知れていた距離のことで、だけど今回はすぐそこにいると思っていた人が急速に離れて行ってしまったので、びっくりしたし、辛かった。確かに以前から業務以外の会話が成立しない気味はあった。多くは私の発言が考えなしだったり、急に恥ずかしくなって自己反省するのが原因だったような気がする。あまりに立派な人なのだ。彼女の言う事がよくわからない時もあった。わからない時、わからないんだけどってきちんと引っかかっていた方が、もっと仲良くなれていたのかも知れない。今後そういうふうに心がければ、案外半年後くらいには「いつの間にこんなに仲良くなったんだろうね」なんて話せているかもしれない。わからないけど、今は少し、この4年間のことを思い出して落ち込む。

長くて細い糸を手繰っている。選択肢の中から一つ選び取っているというより、ずっと続いている一本の糸の案内に従って、ここまで来たような気がしている。今が投げやりな気持だから、20年間の自分の選択とか全部無視してそんな風に思ってしまうのかもしれない。目標に向かって努力してるらしいあの子の前で、「私も頑張らなくちゃな」とそれらしくうそぶきながら、腹の底であの低い声が不満気な声をあげるのだった。選ばれるために選ぶふりをするのか。

バッド入ってる自分を切り捨てないことと、色々よくなろうとすることとは両立できないものかと考える。この辺のことを上手く言語化できない。訓練が必要。