昨日三日ぶりに外出した。小雨に濡れる街路樹は青みがかったつよい緑色をしていて、薄暗い部屋にこもっている間に随分初夏らしくなったものだと驚く。季節の訪れに気付くというその一点に関しては、このくらいのペースの外出が案外ちょうどいいのかもしれない。一昨日だったか、こぶし四つぶん開けっ放しにしたカーテンから外をのぞくと、19時過ぎても薄明るくて、一番好きな青色をしていた。前に作ったワンピースは晴れた真昼にふさわしいと思っていたけれど、あの色にも少し似ている。親子連れなのか、こどもの声と太い男の人の声が聞こえた。何となく、歩いて縁日に向かう時の気持ちを思い出して、腹の底がぐつぐつした。
地元の祭りには母や妹としか行ったことがない。住んでいる町の隣の地域では、もっと大規模でイベントじみたお祭りが夏の終わりに開催されて、市外、はたまた県外に住む同級生も友人同士つれだって遊びに行っていたらしい。私は行ったことがない。浴衣で写ったプリクラを見せてもらって、少々うらやましかった。うちの母は「子供だけで人ごみにいくなぞ、ましてや夜の縁日なんて」という人だったから、行かないことにも何となく理由がつけられたけれども、やはり10代のうちに友達と縁日に行ってみたかった気はして、「絶対行く」と言い張れば母も許しただろうと思う。あとから盛大に文句を言われるとしても。ただ、母と妹と行くお祭りは好きだった。20時過ぎに家を出て、コーヒーショップ(普段は一度も買い物したことがない)の店先でかき氷買ってもらって、人ごみの中で提灯のピラミッドを暫くぼーっと見上げて、大体満足した頃に帰る土曜日が、一年で一番好きだった。
スーパーに河内晩柑が置いてあって、つい最近どこかで聞いた名前だったのでひどく心惹かれた。二つで350円という値段に若干恐れをなしながら、二割引きに強く後押しされて、結局買って帰った。いい買い物をしたと思う。晩白柚とか文旦とかグレープフルーツとか、かすかに苦みの感じられる、さわやかな柑橘が好きなので、河内晩柑は好みど真ん中だった。剥いた後の分厚い皮もいいにおいがした。まだ一つ残っている。やわらかい葉っぱとシンプルなドレッシングでサラダにしたらよさそうだと思うけれど、恐らく結局そのままむしゃぶりつく。最近は何でもそのまま食べるのが一番おいしい。ただ出汁で煮ただけの玉ねぎとか、蒸し焼きにして少しの豆乳で煮ただけのキャベツとか。技量がないので、食べ物そのものの味に頼った方がましというだけかもしれない。
明日の一限に遅刻せず出られる気がしない。今日も結局15分遅れて入ったし、2限は録音授業だったから、昼ご飯を食べた後で1時間の音声を2時間かけて聞いたのだった。2限の先生は大学中で一番と言っていいほど好きなひとなので、直接顔を見られないのが悲しい。先生は何でも正式の名前で呼ぶし、その時々で一番しっくりくる表現をつかう。先生の見ておられる世界では、私のよりずっと多くのものたちが正しい名前を持っていて、尊重されているんじゃないかと思う。昨日で言えば「カナル型イヤホン」にしびれた。ああ、いい加減寝なければいけない。