10/26

一、二文引用するために手に取った芥川龍之介全集の13巻に、北村薫が文章を寄せていた。「文学研究はこりごりだ」なんて大袈裟を昨日あんなにふれてまわって、その翌日に『六の宮の姫君』を書いた作家と、こういう出会い方をする。決して多読ではないけれど、それでも本読みをやめられない所以だなと思う。

菊地は場所を、前回の万世橋と混同したのかもしれない。しかし、わたしには、そのような詮索は無意味に思えた。菊池にとっては、瓢亭前の、あるいは記憶違いかもしれない一瞬こそが、芥川との今生の別れだった。真実だった。それを前にすれば、事実など重いものとは思えなかった。(北村薫(1996)「嬉しい新全集」(『芥川龍之介全集第13巻』、岩波書店))

とうの昔に死んでしまった人たちと、書かれた言葉を通じて、こんな風に交信できる。私は何度も思い出さなければいけない。