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ばばあの方は拾い食いの癖がいつまで経っても抜けなくて、じじいの方はもう三年も見て見ぬふりを続けている。昨日はじじいがばばあを誘って隣町のでっかいドッグランへ逃避行。初夏の人口芝生のさみどり、ぴかぴかに光る犬たちの毛並み! 運転席の扉をパンと閉じ、振り向いたばばあも思わず目を細める。じじいはトランクを勢いよく開け放ち、持ってきた荷物の過不足なさに惚れ惚れ。二畳ぶんのレジャーシートは初めてのデートから同じもの。ホンジュラス産珈琲入りの黄色い水筒、レースで編み上げた麗しきパラソル、お重の中身はタコ焼き100個、もちろんネギ抜き。良識ある二人だものね。

じじいがシートを広げているとき、ばばあは既に駆け出していて、見知らぬゴールデンレトリバーとハードル跳びを競ってる。じじいはそれを丘の上から体育座りで眺める。いい勝負。結果はビデオ判定に持ち越されたが、僅差でばばあが勝利した。振り仰ぐばばあの金歯がキラリ。じじいは銀歯で微笑み返す。メダル代わりの草かんむりを被り、オーガンジーのスカートつまんでばばあがこちらに駆け寄ってくる。じじいは持参したマグカップに珈琲を注ぎ、ばばあの到来を心待ちにする。高鳴る胸。震える手。

その時ばばあの足もとを一匹のブルドッグが駆け抜けた、それはもう、目にも止まらぬ速さで! 丸太の要領で背中に積んだ骨ガムのひとつがゴロンと転がり落ち、ばばあが丘の中腹に立ち止まる。じじいはコーヒーを注ぐ手を止める。ばばあの口もとにもはや笑みはない、スッと腰を曲げると二本の指でそれを持ち上げる。ばばあの金歯が再び見えた瞬間、じじいは思わず目をそらした。午後の太陽がレース編みに絡まり、決してじじいまで届かない。