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この2年落としたことも忘れたこともなかった鍵が壊れてしまった。夜中の十時に鍵を壊しても携帯電話でコールセンターに連絡して30分で部屋に入れる現代は、やはりいい世の中で、近頃厭世的なムードに陥っていた自分が省みられて恥ずかしい。文明の利器バンザイ。東洋テックバンザイ。もろ手を挙げて降参状態である。

 

昨晩京都に戻ってから、シャンプーが切れていることに気が付いて、ダスターコートのポケットに財布と携帯、鍵だけ入れて部屋を出た。つい4日前はあんなに風が冷たかったのに、前髪に重くかぶさるようなぬるい空気が殆ど初夏のそれで驚いた。道理でやたらと鼻水が出る。季節の変わり目には必ず軽い鼻かぜを引くので、分かりやすくて助かる。鼻かぜを先に自覚して、「そういえばもうそんな時期か」と気づくこともある。

イヤホンから流れるのはKANA-BOONのDOPPELで、高校時代はイントロの何とも言えない青臭さとか、それを押し隠すような記号的な歌詞とか、クリティカルヒットで胸が高鳴ってしまったものだ。さすがにそんな感慨を覚えるには大人になりすぎてしまったことよ……なぞと考えていたが聞いているうちに17歳に逆戻りしてしまったみたいで、音も歌詞もやたらと心に刺さる。初夏の予感も相まって、知らない町に行きたくなって、目についた路地に踊りながら駆け込む。住宅街は人気がないからつっかけでタップしながらぐんぐん推進する。夜の空気は密度が高くて深い海の底にいるみたいだ、それならあそこに咲いてるミモザサンゴ礁か、ぐんぐん、すいすい!今走っているのはどこだろう、街灯も少なくて暗くて前がよく見えない、だけど右手に川が流れているから、きっとここを抜ければよく見知ったあの道、それならせめてそれまでは、向かいから来る自転車に怪訝な顔をされようと、ぐんぐん、すいすい!アパートに戻ってくる頃にはポケットの中身が財布と携帯それきりで、青くなって戻ってみれば横断歩道に鍵の残骸、オートロック解除のチップが完全にいかれちまっていてロビーにすら入れず、私は入り口に座り込んで中宮寺の半跏思惟像と化したのでした。嗚呼情けなや、情けなや。

 

30分で駆けつけてくれた警備員さんは本当にできた人で、落ち込む私にさわやかな笑顔を向けて、「あちゃー、これはたいへんでしたねー」と明るく慰めてくれた。今朝大阪からスペアキーを届けてくれたおじさんもしかり。文句ひとつ言わず颯爽と仕事を終えて帰っていかれた。仕事をする大人を改めて心底尊敬する。困ったときはたとえ気休めでもビジネススマイルでも、相手が笑顔だとホッとするものだ。世界に広がれ、笑顔の輪!

「気軽に森山未來ごっこをしてはいけない」という教訓もついでに広がってくれ。しらふでだってこんな有様なのだ。