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昨日の午後、卒論の中間報告が終わった。オンライン開催の発表会だったが、発表の練習はその朝から始めた。本当は二日前から始めるつもりだったのに、やる気が無くてキングオブコントを見ていた。キングオブコントを見終えて、寝落ちて、7時くらいに目が覚めたのだが、それまで中間報告の夢を見ていたらしい。ディテールは覚えていないが、深層心理でも気にしていたらしいことは分かる。それなら早くに始めればいいのに。

他の人の発表をまるきり無視しながら、ミュートにしたマイクのこちら側で、ぶつぶつ発表のリハーサルをする。14頁に渡るレジュメの70%を無視してようやく15分の発表時間におさまるらしいと気づく。発表原稿は12時くらいにできたが、不安なので目の前の壁に「褒められなくても死なない」と書いた紙を貼りつける。発表が下手なのと卒論の題材がわるいのとは別問題だとか、今日の発表はさらっと流して明日から生まれ変わるのやとか、口笛吹いて気を紛らわすが、脇にじんわり汗が出てくる。そもそも14頁ものレジュメを送ったのが大間違いだった。怒られるに違いないと頭を抱えながら自分の番を待つ。

「問いがもっと明確であるとよい」とか「あまり~に拘泥し過ぎないように」とか指摘を受けたが、全体的に好感触である。「よく勉強されていますね」「がんばってください」と優しい言葉もかけてもらう。これは全然素直に受け取れない。今年のはじめに同じ先生たちと同じようなZOOM会議をやったのを思い出す。こいつをあんまり追い詰めるとまた落ち込んで、さらに一年居座りかねないと、裏で口合わせが行われているに違いないのである。もしくはカメラに映る私の顔があまりに陰気で、到底厳しく問い詰められなかったのかもしれない。発表会が始まる直前、気が散ったのでMITのオープンアクセス画像を漁り、シスレーを拾ってZOOMの背景画像に設定した。街路樹が青々と生え並ぶ、川沿いの美しい道を描いた絵で、これによって陰気な顔も随分ましに見えたはずではある。しかし他の人をみると誰も背景画像など設定していない。こうでもしないと気が晴れない心持自体、同席した人から異様に見えたのかもしれない。気を遣わせて申しわけない。がんばらないと申しわけが立たない。がんばらねば。くそ。

偉い人の前に立つとこのようにしおらしくなって、過度に自分を責める傾向がある。よくない。夕方から人と待ち合わせがあり、急いで着替えて家を出ると風がちょうどよい冷たさで、いかにも散歩にふさわしい。日が落ちるのが随分早くなった。ちょっと回復。

待ち合わせはつつなく成功したが、「ついでにご飯でも」と誘ったら「この後予定がありまして」と断られ、また少し落ち込む。事前にご飯まで誘っておけばよいのに、格好つけるからこういうことになるのである。そのまま帰宅するのもつまらないから、川まで歩いて、1時間ほど遠回りして帰った。途中に小さなトレーニングジムがあり、その裏手に17アイスの自販機がひっそり佇んでいるのを、きっと私だけが知っている。カラースプレーがかかったミルクアイスを選んで、歩きながら食べた。生活にパーティーがなければ。

家に帰ったら久々の友人からLINE。暫らくやり取りして機嫌がよくなる。気分の上下に自分で気づけるのはいいことだが、上と下だけわかって満足するのではあまりに解像度が低すぎる。何につけても思慮が浅くて、浅い自分を受けいれられたら生きるのが随分楽しくなるだろう。U-NEXTで「ニシノユキヒコの恋と冒険」をみて寝た。