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弟の夢を見た。病院で検診を受けた後、優しそうな男の医者に抱かれて眠っているその子に私は近づいて、ほっぺたを無遠慮にむにむにと触った。顔を合わせたのはきっと初めてで、周りに母も妹も、勿論父もいないのに、弟であることはすぐにわかった。医者はヒゲだらけの顔で笑って、「仲がいいんだね」と言った。私は「はい」と答えた。「妹さんと三人でもこんなふうに仲がいいの」という質問には少し考えて、「三人の時にはそうでもありません」と返した。妹がいるところで、私はこんな風に弟の頬に触れることは出来ないと思った。医者は一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに元の笑い顔に戻った。冬眠明けの寝ぼけた熊みたいな人だった。

弟がゆっくりと目を開けた。私を見上げて、「ちょっとさわりすぎじゃない」と不機嫌そうな声をだした。「初対面でそりゃちょっと、ブシツケなんじゃないの」
私はびっくりしてしまった。
「お前、喋れたのか」「まあこのくらいはね」
えらく大人びた声でいうので、近頃の子どもは成長が早いなと思ってつくづく感心していたら、そいつ「フン」と鼻を鳴らして、呆れ顔を向けて来た。そいつが喋れるのは別に、近頃の子どもの発達速度なんか関係なくて、早々と大人にならないといけない事情があったのかもしれない。しかし何しろその日初めて会ったので、私にはわからないし、わからなくてもいいと思った。姉としては少し不親切かもしれないけど。何となく、その場に妹がいなくてよかったと思った。