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8時に起きて、寝て、9時に起きて、また寝て、11時に起きて、ようやくベッドからおりる。風呂に入りながら、前の晩友人と話したことを思い出す。思い出すのだが、絶対に思い出せていない部分がある。友人が話した部分は大体全部覚えているつもりだが、自分が話したことの方は一夜にしてかなりあやしい。慌ててペラペラまくし立てた場面があったことは覚えているが、何しろ慌てているので何を口走ったか知れたものじゃない。取り敢えず飲酒行為に気を付けねばならぬと改めて決意する。酔っぱらってどうこうというより、酒を飲んだという事実が気を緩ませているのである。克己心! どうにも縁遠い。

髪を乾かした後、残っていた食パンを消費する。一方はツナ缶とケチャップと卵と粉チーズとでピザトーストにして、一方はレンジで30秒チンしてほかほかにして食ってやった。15分焼いてがりがりにしたトーストの耳とレンチンした食パンの白いところは、世のうまい食べ物の中でもかなり上位に食い込むと思っている。どうにかこれらを両立させた食パンが生み出されないだろうか。今後のパン業界に期待する。

朝ドラの再放送を見て、その後昨日の国語学の授業音声を聞く。考古学と国語学の連接、大変アツい。国文学に進むことを高校で決めたとき、新しい古文書の類を文字通り発見したり、わからなかった単語の意味を解明したりするのを想像していたけれども、前者は一般的な国文の学部生がやるようなことでは全くないし、後者はまだありうるけれど、きっとそれは「再定義」と言った方がよくて、じゃなきゃ、例えば上代の未詳語彙なんかは恐ろしくて手が出ない。とはいえやっぱり、偶然見つかった新しい資料が国語史国文史を動かしてしまうようなこと、ロマンを感じずにはいられない。最近で言えば、青表紙本系統の若紫の写本が見つかったというニュースには少し興奮した。

夕飯はなかしましほさんのリゾットにした。米を減らして人参と玉ねぎをみじん切りにしたのを加えたら、水分量が増えたのか、今までで一番食べやすく仕上がってよかった。ソーセージと新じゃがを多めの油で揚げ焼にしたものを片手に、柴田聡子のライブ配信を見た。これがあと10回も見られると思うとくらくらする。前の晩も聞いた新曲は、二回目だから歌詞がつるりと入ってきた。身に覚えのない誰かとの生活を懐かしく思い出してしまう。あなたの部屋で、私を一人にしてくれたこと。

その後は暫くダラダラして、今週の水曜に発表がある永井荷風の「問はずがたり」を読んでひとしきり苛々して、皿を洗って、今に至る。今日こそ二時前に寝ると決めていたが、日記を書いていたら1時をまわってしまった。ずっと家の中にいたような日は終わりに日記をつけないと落ち着かない体になりつつある。習慣にしたいと思うことはなかなか身につかなくて、何も考えずに始めたことの方がこうして定着してしまうの、いかにもありそうな話だなと人ごとの様に考える。