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別の大学の修論演習に出ている。議論に全くついていけない。オンラインで行われていることもあり、質問と回答がぽんぽんとやり取りされて、レジュメのどの部分が話題に挙がっているのかを追うことすら上手くできない。修士・博士のひとたちだということを思っても悔しいものは悔しい。出来なくて悔しいということは、やはりある程度そのことをやりたいと思っているからではないか。こういう言い方がかなりレトリックというか、言い回しに依存していることは自覚している。自覚しながら、そういう言い回しを都合よく利用してしまってもいい、と考えている側面がある。

何だかずっと気が散っている。こっちがうまくできなければ、こっちがあるな、と違う選択肢を思い出して安心する。逃げることは恥ではないらしいが、健康優良児なので、もう少し一つ所に踏ん張ることをしなければならないと思う。「~しなければならない」という考え方を度々するが、~の部分に入るのはいつも空をつかむような抽象的なものごとであり、こういうところはある人から見ればすごく苛立たしいだろうと思う。

梨木香歩が「自分の中のリーダーに従いなさい」と言っている文章が岩波のwebサイトに掲載されていて、すごくいい文章だったと思う。梨木香歩がリーダー論を?と最初は少し意外に思ったが、読み進めていくうちに納得がいった。一人の人間としてよくいきるのかということは、群れの中でよくいきることに接続する。本当にそんな話だったか。

今日買った鰆、どうやって食べようかしら、と考えている。