3/31

年をとったら魔女になりたい、と人並みに願っている。毎日黒い服を着る。夏は薄い木綿地の、冬にはベルベットのワンピース。ふたくちコンロと大きな本棚のある家に住んで、酸っぱいイチゴのジャムを作る。晴れた日には庭に出て雑草の名前をいちいち確かめて、それに飽きたら自転車で出かける。雨の日は部屋に閉じこもって、ジンジャーエールが入っていたガラス瓶を、蛍光灯にすかしながめて過ごす。時々昔読んだ大島弓子の一節を思い出してくちずさむ。そういう魔女。

魔女への道も一歩からで、まずは炊事を十二分にできるようにならないといけない。近頃は外食もはばかられるようなご時世なので、ここぞとばかりに自炊をしている。今日は独り暮らし四年目にして、はじめて炊飯器を使った。随分長い間、棚の上から三段目に、まねきねこよろしく鎮座していたのだが、とてももったいないことをしたと思う。うすいえんどうの豆ごはんは素敵に炊き上がり、蓋を開けた瞬間に甘い匂いが立ち上った。ひいきにしているシダレヤナギの萌黄色に少し似てる。

一度開けた米袋はどうやって保存するのかとか、炊飯器を置く場所がないだとか、先回りして色々な心配をするから、ずっとお米を炊けずにいたのだけれど、やってみたら実に簡単で、これまでの自分にあきれてしまった。米袋は輪ゴムで閉じちゃえばいいんだし、炊飯器は使うときだけ棚から取り出せばいい。一度に2合も炊けるんだから、二日か三日はそれで持つ。やり方がわからなくてできないことのほとんどは、やったことがないからやり方がわからないのである。これは私の人生において、かなり重要な教訓であるように思う。

魔女に必要な資質や技術として、あとは何があるだろう。レース編みができるようになる。なるほど。刺繍なんかもできるといいし、型紙を自分で作れるようになるともっといい。砂糖と牛乳と卵と粉から何でも作れるようになる。あとは植物を長くもたせるとかかしら。生き物の名前をきちんと知っている。昔の事もよくわかっている。手の届く範囲の人の幸せを祈る。祈るというのは、手を合わせて胸の中でむにゃむにゃ呪文をとなえるばかりではなく、何か具体的に手足口を動かすこと。魔女迄の道のり、随分遠い。