3/19

夜に川沿いを歩くのは、どんなに変な顔をしながら歩いてても、2、30歩の間目を瞑っていても平気だから。安全性は保証されない。整備された道をわざと避けて、なるべく流れに近いところ、歩きにくいところを選ぶ。足音のあいだに話し声が聞こえる。びっくりして立ち止まるとすぐにやむ。振り返っても誰もいない。つくづく夜の京都らしい。

川の音を聞きたくてイヤホンを外す。そうすると歩いてるあいだ暇になって、あれこれくだらないことを考える。明日で賞味期限の切れるコンビニスイーツみたいな、安っぽくて甘ったるいレトリックが世界を救うこともある、とか。もっと暇になると歌を歌う。橋の下と人のいるベンチの前でだけ声をひそめる。向かってくる自転車とは、どうせすぐにお別れだから、余計に大きな声で歌ってさようならをする。

体力が余ってる時は飛び石を渡る。飛び石を渡るのに一番いいのは2月の月夜、大体21時くらい。昼間とか暖かい時期にはもれなく人がいて、大抵二人で寄り添っている。かといって12月とか1月もイベントが多くて、自家発熱でやりすごす人が結構いる。21時を過ぎると少し怖い。溺れたって誰にも助けてもらえないから。溺れることももちろん考える。運動音痴なのである。

そういう夜をひっくり返したら今みたいな春の日中になる。とんびにとられてしまわないように、商店街のアーケードの屋根に隠れてパンを食う。

これから友人に手紙と心ばかりのプレゼントを贈る。おおお、心ばかりとは嫌な言葉だ。謙遜しているようでいて、ずいぶん尊大だ。開き直って尊大でいるよりずっと嫌だ。贈りたいから送るだけ。