12/27

昨日はああやって書いたけれど、自分の想定した筋書き通りに事が進むことを望んでいるという訳ではなく、でも、書くように丁寧に、話がしたいとはつくづく思う。勢いに任せてペラペラと吐き出した言葉は、あとになってわだかまりになって、例えばこうやって、翌朝シャワーを浴びている最中に、突然胸が重たくなったりするから。中学時代の担任の口癖は「誠実に!」だった。私にはそれが「静粛に!」に聞こえて、あまりいいとは思えなかったんだけれど、やはり誠実さ、大事ですね、先生。

今日という日を踏ん張ったら、明日はいい日になるかしら。「いい日に」と言いながら毎日の大部分は幸福で、それ以外のちょっとした悲しみや怒りも自業自得である場合が多い。本当は「いい日になれ」なんて、おこがましいのかもしれない。逆説、逆接、ギャクセツ、天井の皮をぺりぺりめくって、むき出しになった白い白いプロセスチーズを手づかみで食べる、爪の中まで入り込んで、天井の破片で爪を研ぐ、そのくらいの空想を許す余裕。余裕だ!「いい日に」というよりは、いつでも気持ちに余裕があるといい。それに、とって付けたようだけど、私の好きな人びとが幸福な一日であるように。

昨日の夜もまた贅沢をしてしまった。「学生風情が毎晩飲み歩いて、けしからん!」と脳内の前時代小父様がぷるぷると怒っている。私は胸をはって、「大事な後輩に美味しいご飯とお酒を御馳走したかったのです、なにがいけない?」と言い返す。野菜と魚がメインのおばんざいはやわらかい味付けでおいしかった(蕗と高野豆腐の煮しめがとくによかった)し、赤しそジュースとか実入りの葡萄チューハイとか、飲み物も素敵だった。カウンター席で隣り合って、時々目を合わせながら話した。もっぱらサークルと知り合いの噂ばかりでなかなか個人的な地層に届かず、踏み抜けないな、と少しだけもどかしかったが。またすぐにでも会えるはずなのに、店の前で「よいお年を」と言い合ってから別れてみると、遠くに引っ越す友達をホームで見送ったときみたいに、淋しくて、一人で歌を歌いながら帰った。

今日は『どくとるマンボウ航海記』と宮城道雄の随筆を読みたい。