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今日は私の21回目の誕生日なのだけれど、なぜか京都を遠く離れ、今、岡山にいる。内田百閒を偲ぶ旅、なんて、そんな大仰なものではない、ただ彼がどんなところに住んでたのか、気になってちょっと見に来ただけだ。

昨日は午前中に岡山入りするつもりだったのに、朝起きて急に弱気になって、なかなか家を出られなかった。雨が降っていたのもよくなかったかもしれない。トイレにこもって縮こまり「どうして私は岡山なんか、行ったこともないところで誕生日を迎えようとしている?さびしいよ」と岡山に失礼なことを考えて腕に生えた毛をぐずぐずひねり回していた訳だが、11時ごろにどうにか荷物をまとめて、駅に向かった。姫路までの新快速は新大阪を過ぎたあたりから急に人が減って、居心地がよかったが、明石に着く前海が見えても誰も窓の方を向かないのでちょっと腹が立った。重たい雲が垂れ込めて、水平線が親指使ってぼかしたみたいに空の方へと溶け出して、深く心に沈み込むようないい景色だったのだけれど。

そこから二回乗り継ぎをしくじって、結局岡山駅に着いたのは17時前後だった。着いたら真っ先に吉備路文学館に行こうと思っていたのに、閉館時刻をまわっている。仕方がないから取り敢えず、百閒先生の記念碑公園で挨拶をしようと思い、バスで県庁前まで向かった。岡電バスは私が普段乗るバスと優先座席の位置が反対なので少々面食らった。降りる時も運賃を投げ込もうとしたら小銭投入口が閉じきっていて、驚いて運転手の方を見たら運転手の方も驚いた顔で、「あ、降りる?」のどかでかなり気に入った。

県庁前を東に向かうとすぐに相生橋が見えて、「これが相生橋……」と感傷に浸った。てっきり土手下の河岸にあるものと思って橋の横の階段を降り、川の流れを横目に見ながら歩いていくと様子がおかしい。段々片側の草むらが膨らんで、道がどんどん細くなる。どうやらこんなところ通る人間いないらしい、草の中から驚いた蟹どもがあわてて私の前方を横歩きで渡り、水中に居を移していた。内田百閒記念碑公園は余裕顔で土手上にねそべっていた。なんかのぺーっと細長い公園なのだ。公園、というよりは、川沿いにあるちょっとした緑化エリアと言った方が近い。

句碑があるというから来たのに、それらしきものが見当たらない。全長15mくらいの公園を三回くらい行ったり来たりして、どうやらこの何の変哲もない巨石だと思っていたものが、句碑らしいぞとやっと気づいた。にしても刻まれた字が本当に見にくい。道理で気づかぬわけである。なんだかちょっと笑えて来て、「来ましたよ、こんにちは」と挨拶しておいた。ホテルに向かう。

今朝は6時ごろから何度も目覚ましを鳴らしていたのだけれど、結局動き出したのは7時すぎだった。手始めに後楽園、「鶏蘇佛」冒頭にも登場する、日本三大庭園の一である。遠くから見ると、緑色のもこもこした動物がうずくまって寝ているみたいに見えた。園内のタンチョウヅルは全部で五羽ほどいて、金網の中で餌をつついたり、羽を整えたりしていた。カメラを向けても知らん顔で、時々思い出したようにスッと背筋を伸ばすけれど、すぐにまたぐにゃりと首を曲げる。今はけれいけれい、と鳴かないのだろうか。少なくとも湖のほとりにたたずんで、私についてくることはなさそうだ。分かっていながら気になって、何度か後ろを振り返って確かめた。

後楽園を出たら吉備路文学館へ。交通機関を使いたかったがよく分からず、25分くらい歩いて向かう。雨はほとんど降っていなかったが気温が極端に低くて、それでいて湿度が高いから少々気分が悪くなり、額から変な汗が出た。道中覚えているのはやけに道幅の広い道路とトマトマークの銀行だけである。

てっきり常設展があるものだとばかり思っていたが、吉備路文学館は二つの企画展を年に四度ずつ行うらしく、百閒についての展示はほんのちょっぴりだった。しかし時実新子展はとてもよかった。「君は日の子我は月の子顔上げよ」と「別れねばならないひとと象を見る」が特によかった。

しかし一応百閒目的で来たのだからと、「岡山と百間」なる本を買った。申請すれば蔵書を見せてもらえるようだと気づき、図書カードを見ていたらなんと『冥途』の初版がある。芝書店から出たものも併せて職員の方に見せていただく。初版の方は百閒が横溝正史にあてて送ったもので、きちんと署名もあった。ノンブルがなくて余白の多い装丁、表紙の白狐だか龍だかわからない動物もミステリアスで、それでいてちょっと間抜けな顔をしていた。これだけで岡山に来たかいがあったと思う。職員の方に本当によくしていただいた。

ちっと疲れた。今日はここまで。